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トレッドミルによる歩行リハビリ(7)9~13日目 トンネルの出口が見えた [脳卒中ブログ村]



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9~14日目


トレッドミルは更に速度を落とし時速1.0kmで10分程度です。これでもたまに、話し声がしたり汗が目に入ったりして集中力をなくすと、うまくいかないことがあります。


 


それでも男性看護師T君のアドバイスにより前後のストレッチを倍の30分ほどかけるようになりました。


 


徐々に1.0kmを楽に歩けるようになってきました。この速度は、足腰の弱った高齢者より遅いくらいの速度なのですが、このスピードでゆっくり歩いていると足のつっぱり、痙性が少しづつ落ちていくのです。


 


後半は1.0kmから1.2km、更に1.4kmまで徐々にスピードを上げての10分歩行がこなせるようになってきました。やれやれです。長いトンネルの出口が少し見えた気がしました


 


 


 


それじゃ~続きはまた。


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重いなあ~!」思わずため息がもれました。


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その方も私と同じ左片麻痺障害者でしたが、障害の程度は相当重そうでした。肘関節も手首の関節も拘縮し、 激しく内側に曲がっていました。それだけでなく体全体も曲がっています。 歩行訓練を短下肢装具4点杖で行われているのですが、PTが後ろから体にへばりついて、前方へ移動させています。


 


「重いなあ~!」私は思わずため息もらしました。私が見てきた片麻痺障害者の中でも障害は大変重いように感じたのです。年齢は60代後半でしょうか、表情は無表情で、よだれを垂らされています。


 


ある日、その方がプラットフォーム(リハビリ用の大きなベッド)で 寝っ転がっていたことがありました。PTは、その場から離れており。横のマット・スペースでストレッチをしていた 私は、装具をつけるためプラットホームの 端に腰掛けました。 そうするとその人が私をすごい目で睨み何か言いました。 私は 「ごめん、ごめん。装具つけるんで ちょっと腰掛けさせて。すぐ退くから」 と謝りました。 その人何かつぶやき横を向きました。相変わらず無表情のままですが、 まあ了解してくれたのでしょう。


 


でもその全てを拒否するような怒りに満ちた目つきに、私は凍り付くような感覚を覚えました。 重度の片麻痺障害者の生活の厳しさ、強烈な孤独感を感じたのです。これほどの重い障害であれば 本当に日常生活は大変でしょう。左麻痺ですから言語障害の失語まではないと思いますが、日常的に人とコミュニケーションとっておられるようには感じられません。 重い片麻痺障害者の現実を改めて目の前に突きつけられたようで、 本当に悲しい気持ちになり落ち込みました。多分あの目を私は長く忘れないと思います。


 


もし、あの人が、私のブログ記事を読んだとして、同じ左片麻痺障害者といっても恐らく共感してもらえないかもしれません。


 


ですが、私のブログにも間違いなく私の本音、私の思いがありますから、私はブログを止めようとは思いません。ただ、あの方の様に片麻痺障害の重い方々の心にも届く記事をいつか書いてみたいとの思いを強くしました。

 

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慢性期になっても、障害の回復、歩容の改善はある。 [脳卒中ブログ村]


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私の知人に、脳卒中片麻痺で慢性期の人が2人います。もう友人と言って良いほど頻繁に交流する仲です。

 

私を含めた3人の共通項は、同じリハビリ医にかかっていること、左片麻痺の慢性期であること。痙性に苦しめられたこと。従って歩容(歩く姿)の悪さに悩んでいたことです。その為ボツリヌス治療を受けていたことなどです。



一人は、脳卒中発病後10年になるKさん(70才)です。回復期病棟でご一緒でした。麻痺側の指が多少動くこともあり、CI療法、磁気治療など積極的に取り組まれました。Kさんも私と同じ視床出血だったため同じように視床痛(中枢性疼痛)にひどく苦しみました。kさんの場合は慢性期に視床痛が突然生じ(雨の日、東京で6時間外をうろうろした後)、1年近くリハビリが出来ない状態が続きました。当然痙性は進み、歩容も荒れました。最近は川平法によるリハビリを受けるため年1回入院されています。


もう一人は、発病後7年になるWさん(55才)。ロボットリハビリ入院時、同じ部屋になりました。wさんも障害が重く痙性がきつく「内反尖足」に苦しめられ回復期で退院した時には車椅子であったということです。その後ボツリヌス治療、さらにアキレス腱を伸ばす外科手術である腱延伸手術(ocsscss)受けておられます。Wさんもボツリヌス治療の後のリハビリで年1回入院されてきたそうです。


三人が共通して苦しめられているのが痙性です。ブログ村で「フニャフニャ状態を維持して」など度々気楽に口にする御仁がおられますが、障害が重く思うように手足が動かない我々からすると完全に机上の空論です。

 

そうでないというのなら重度の障害者にも効果があるフニャフニャ状態を長く維持する具体的方法・リハビリメニューを示してもらいたいものです。そもそも痙性は、脳の損傷が原因ですので、ストレッチは一時的です。


こんな我々ですので、長くスムーズに歩くことが出来ませんでした。ほんの2年前は3人とも姿勢の歪んだ歩き方だったのです。


しかし2017年夏の今の状態は、Kさんは装具・杖歩行ですが、余計な力が入らない非常に軽やかでスムーズな歩行を身に付けられました。今回、私の入院見舞いに来てくれた際にその軽やかな歩行に本当に驚かされました。

 

一方wさんは短下肢装具はつけられていますが、杖は突かず、姿勢が真っ直ぐで、安定感のある力強い歩行です。


三人の中で最後まで歩容の悪かった私ですが、今回のロボットリハビリ入院をきっかけに、歩容が改善されてきました。大学のリハビリ学部の理学療法科の先生に、お墨付きを貰えるところまで改善されてきました。


ですから慢性期になっても、たとえ痙性に苦しめられた時期があっても、リハビリを継続すれば障害の回復、歩容の改善はあると言う事です。もちろん我々が55才、60才、70歳と比較的若いこともその一因ではあると思いますが。


我々に試行錯誤はつきものです。たとえ今痙性に苦しめられていても、希望は捨てないでリハビリに取り組みましょう。

 


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トレッドミルによる歩行リハビリ(6)7~8日目 救いの手 [脳卒中ブログ村]


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7~8日目


今度は、時間をうんと短くする事になりました。一回20分を思い切って5分に短縮です。


代わりに速度を1.4kmから1.6kmに若干上げました。この日は、(1.6km✕5分)を2本何とかこなしました。


 


しかし、翌日、筋緊張・突っ張りは一層強まり、1.6kmを5分をやり遂げることが出来ませんでした。 


いよいよこれで万事休すか!?もはや絶体絶命です。


 


病室に帰って、元長距離ランナーで高校駅伝の名門校出身の男性看護師T君に、わらにもすがる思いで、現在の状況を打ち明け相談してみました。彼の答えはこうでした。


 


メガネさん、激しい練習をしてもタイムが伸び悩むときがあります。「もうだめだと」そのまま諦める人間もいます。焦ってさらに激しい練習をして結局怪我をしてしまう人間もいます。


ここは我慢です。練習量は今のままで増やさずに、前後のストレッチの時間を倍にしてみてください。


 


こんなアドバイスをくれました。 まさに救いの手です。


 


それじゃ~続きはまた。


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ピア・カウンセリング その3 


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んなピア・カウンセリングの中で私が受けている陸上競技先生のリハビリについて、ベテラン組から意見が出てきました。


E男氏(病歴7年)我々は、筋肉が弱いから歩けんのやない。頭やられたから歩けんのや。サルちゃん(私)がやっているリハビリは筋トレや。

K男氏(病歴3年)なぜあれ程歩くスピードこだわらなければならないのか?サルちゃんがやっているのは陸上の短距離練習や。私がこれまでうけてきたリハビリでは、速く歩けなどと言われたことはない。

サルちゃん(私)反復練習は大事なのでは・・・。

片麻痺障害者の初心者の私は先輩たちに対抗できる知識も経験もありません。ただ自分のリハビリが否定されたようで、それで反論を試みたに過ぎませんでした。
毎日のピア・カウンセリングを通し私は、徐々に、先輩たちの言っていることの方が正しい気がしてきました。

病歴7年目の今の私は、確信を持って当時の先輩の主張を支持します。
私がこのような初心者の時期にこのような意見を聞けたことに本当に感謝しています。
何より、受け身ではなく自分が主体となって考える。そんな精神を学んだことが最大の収穫でした。この疾患の後遺症リハビリは長い道程です。初期に様々なことを学べたピア・カウンセリング万歳です。

 
医療関係者 の方々にお願いします。ピア・カウンセリングの有効性を理解し、そんな場をできるだけ設けてほしいのです。

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リハビリ入院の一日


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私のリハビリ入院の一日をご紹介します。私はロボットリハビリの被検者として入院したわけですが、その時間は1日1時間です。普段の自主リハビリの時間に比べ半分程度ですので、リハビリ医より、リハビリ室があいている時間は、いつでも自主リハビリしてもらってもいいですという許可をいただいています。しかし、他の方がセラピストによるリハビリを受けておられますので、邪魔をしないという事を第一に心がけています。多少特殊な面があるかもしれませんが、私の入院生活の1日をご紹介します。


ーーーーーーー


 


5時半 起床 メールやブログ チェック、読書 低周波(病院に持ち込んでいます)


7時半 朝食テレビ


8時半  自由時間 ブログを書く


10時  リハビリ室での自主リハビリ


12時昼食


13時~16時リハビリ。うち1時間はロボットリハビリ(今回は私はトレッドミルです)


16時半 シャワー 


18時夕食


その後自由時間 雑談 音楽  読書


21時 消灯


24時 トイレ、30分程度 メールやブログをチェックする。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーー


リハビリが合計5時間と今度は家での自主リハビリの倍の時間です。ただし、ストレッチしている時間が1時間以上あり、また休息や、他の患者と喋りしている時間も結構あります。ですから,遮二無二にやっている感はありません。“頑張りすぎるリハビリ”は避けています。


PTによるリハビリの内容は次の通りです。


・PTによるストレッチ・・15分


・トレードミルによる歩行リハビリ・・20分×2本 (時速1.4~1.8km)


・実習生によるストレッチ・・15分

これはPTより要請を受けうけました。PTの卵(大学4年)の練習代ですが、この歩行リハビリ後のストレッチはものすごく快適でした。

 

 


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トレッドミルによる歩行リハビリ(5)5~6日目 天国から地獄へ [脳卒中ブログ村]


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トレッドミルリハビリの第1週で早くも著しい効果が表れ私は、天にも昇る気持ちで、嬉しくて仕方ありませんでした。


しかし「禍福はあざなえる縄のごとし」といいますか、翌週には、あっという間に天国から地獄へまっさかさまに落ちたのです。


 


翌週(5~6日目)になると、足が激しく突っ張り、全く前に出なくなったのです。もちろんセラピスト(理学療法士=PT)がすぐにトレッドミルを止めました。セラピストもボー然としています。


 


少し休んで、再チャレンジするのですが、やっぱり駄目です。


 


翌日は速度を1.8kmから1.4kmまで落としましたが、10分程度が精一杯です。3本やりましたが全て途中でトレッドミルを止める事態に陥りました。セラピスト(PT)も慌ててリハビリ医に相談に走りました。


 


もはやこれまでか!?


 


トレッドミルによる歩行リハビリは中止せざるをえない。そんな状況です。


 


私はこの暗転に情けなくて仕方ありません。なぜ、急にうまくいかなくなったのか!?どう立て直すのか?頭は混乱するばかりです。


 


 

 


それじゃ~続きはまた。


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脳卒中片麻痺を生きる(3) 鶴見和子 老いや障害に対して自分の持っている可能性を引き出す [脳卒中ブログ村]


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老いや障害に対して自分の持っている可能性を引き出すということが大切


◆私はこれを「内なる埋蔵資源」と呼んでいます。

私の場合回生していく上で、忘れていた短歌に助けられた。同時に娘時代に習った日本舞踊の稽古がリハビリを続ける時にとても有効に働きました。 踊りはアメリカ留学で中断しましたが、60を過ぎてから再開しました。


◆リハビリは10日休んだらもう歩けなくなるほどです。だから毎日繰り返しやることは絶対条件。踊りもまた稽古、稽古の連続で同じことを飽きずに続けることが必要です。この習慣を体で身につけていたからこそリハビリを「つまらない」と考えることなく続けられたんだろうと思います

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埋蔵資源のない人はは一人もいません。


◆「埋蔵資源のない人は一体どうしたら?」、そんな人は一人もいません。

 

◆私の場合、たまたま分かりやすい形で短歌と踊りが表面に出てきましたが、それこそ生命の起源までさかのぼれば、 DNA という形で無限の埋蔵資源が刷り込まれている。その中には元気で活動している時は忘れて奥深くに眠っていたものもあるはず 。それが加齢や病気で自分の内側に目が向くことで、あるいは生理的な回路が変わることで掘り起こされてくるのです。

 

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前回も述べましたが、歩行に関して「毎日繰り返すことが絶対条件」という今回の言葉も、「毎日がむしゃらに頑張って歩く」ということとは全く違います。

上田理論は「少量頻回訓練」を柱としています。オーバーワークを何より恐れます。


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ピア・カウンセリングその2

 


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やがて談話室の我々の場には他の入院患者の方も集まって来られるようになりました。しかもそれは患者のみでなく、介護に訪れる家族も含めた輪になっていきました。


そんなある日、入院中にもかかわらず、このうち何組かで夜食事にも行きました。許可していただいたリハビリ・ドクターにも心から感謝いたします。


写真は2年後の同窓会(上)と、参加した仲間の女性が新聞に投稿した記事(下)です。


このイノシシ先生やリハビリドクターの様に、病気ばかりではなく我々を生身の人間としてみてほしいのです。生身の患者同士が交わることにより脳卒中の患者は、障害を受け入れ回生していくのではないでしょうか。ピア・カウンセリングを我々は無意識に実施していたことになります。


残念なことに、この中で一番若かった仲間が一番先に逝ってしまいました。本当に人生は解りません。合掌


 

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脳卒中片麻痺を生きる(2) 鶴見和子 歩けることの大切さ  [脳卒中ブログ村]


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毎日必ず歩く練習をする


◆歩くことはリハビリの目的を満たすだけでなく、頭が活性化され仕事がはかどるという効果があります。 私がこうして 仕事を続けられるのは、国際リハビリテーション学会の会長をされていた上田敏先生のおかげなんです 。


◆もし先生に出逢わなかったら、車椅子だけの余生を当然と思っていたでしょう 。他の先生からは「もう歩けません」と言われってましたから。


◆それまでを障害というマイナス価値を認めた上で、努力しようと考えていたのですが 、歩けるようになって以降は、 老化や病気をもたらしたプラス価値に目が向くようになったのです。上田先生は障害を受容することで新しい価値を創造するのだとおっしゃる。


◆ 肉体的な回生がが精神的回生につながりました 。上田先生のリハビリテーション理論は可能性の理論なんですね そしてこれは私の「内発的発展論」にも通じるもの です。


◆この病気の方に申し上げたいのは、歩けないと言われても決して諦めず納得いくまで病院を訪ねいろんな医師に相談することですね。

 

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ここで注意が必要なのは、「毎日必ず歩く」ということです。これは、「毎日がむしゃらに歩く」ということとは全く違います。上田理論は「少量頻回訓練」を柱としています。オーバーワークを何より恐れます。 

 

 

それじゃ~続きはまた


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